屋根、鳥、そして場所がいかに単なる地理にとどまらないかについて――黃淑卿(ファン・シューチン)『燕尾とヤツガシラ(台湾・金門)』に寄せて
執筆:王穆提(ワン・ムーティ)

人間が真に一つの場所を理解しようとするならば、地図だけに頼るのでは到底不十分である。地図は境界、道路、方位、行政区名を与えてくれるが、その場所がいかにして風の中で形を成し、人の心の中に沈殿し、鳥の飛行ルートの中で記憶され、そして建築の線条や瓦の屋根の曲折の中で、いかにして識別可能であり、また懐かしむことのできる「存在」へと緩やかに変わっていったのかを教えてはくれない。場所がもし単なる座標へと縮小されてしまえば、それはただの空間に過ぎない。場所が場所となるのは、そこに記憶が付着し、生活が幾重にも堆積し、いくつかの事象――たとえば、ある特有の屋根、ある種の鳥、ある独特の夕映え、ある聚落(集落)の方向感覚――が、そこを単なる「あそこ」ではなく、いかなるものにも代えがたい「ここ(此地)」たらしめるからである。
黃淑卿の描いた***『燕尾とヤツガシラ(台湾・金門)』***は、私の目に、場所がいかにして保存され、凝視され、精神の構造へと転化されるかを示す傑作として映る。それは単に金門を描いたのではなく、金門という一つの「文化的地景(ランドスケープ)」が、建築、鳥類、記憶、そして余白によっていかに共同で構成されているかを描き出しているのである。
記憶の建築学と非人間的棲息者
この作品が最初に人の心を揺さぶるのは、色彩の華やかさではなく、まさにその「節制」にある。広大な紙面の上には、極めて大胆な余白(留白)が残されており、中央の上寄りには、ほぼ円形に近い構造が配されている。それは徽章(エンブレム)のようでもあり、天井(あるいは伝統建築の井戸)のようでもあり、窓や鏡のようでもあって、さながら時間によって磨き上げられながらもなお自らの境界を保ち続ける「記憶の器」のようである。この円形の中で、伝統的な閩南(びんなん)建築の「燕尾脊(えんびせき=ツバメの尾のように反り返った屋根の尖端)」が解体され、回転され、再組織化され、一輪の花に似た幾何学的構造を形成している。あの鋭く上方を指す屋根は、建築の指先のようでもあり、あるいはある古き形式が天空に向かって無声の問いを投げかけているかのようでもある。
中央の視野の中には、かすかに赤オレンジ色を帯びた地平線、聚落の屋根、そして垂直に立つ柱状の形体が見て取れる。それは「風獅爺(フーシエ=金門の魔除けの獅子像)」のようでもあり、守護者のようでもあり、その土地の精神の中軸(センター・アクシス)のようでもある。画面の下方では、数羽の戴勝(ヤツガシラ)が広大な白い余白の中に佇んでおり、その姿勢はそれぞれ異なっている。あるものは首を掲げ、あるものは身を翻し、あるものは片足を幽かに上げ、あるものは羽冠(冠羽)を広げている。それは互いに呼応し合っているようでもあり、あるいは彼らだけが知っている「ある時間」をじっと待っているかのようでもある。下縁には題字と印章が配され、作品全体を再び紙本書寫(伝統的な書画)の文脈へと引き戻している。
私はかねてより、意味を一度にすべて語り尽くそうと急がない作品を偏愛している。なぜなら、成熟した図像であればあるほど、すぐには翻訳されることを拒む「いくつかの領域」をあえて保留することを知っているからだ。黃淑卿のこの作品は、まさにそのような格調を備えている。もしこれが「何を描いたのか」と問うならば、答えはそれほど難しくないように思える。金門の伝統的な閩南建築の燕尾脊という地方文化の象徴と、その地に棲息する戴勝(ヤツガシラ)である。しかし、もし思考がこの表層に留まってしまうならば、それはこの画を読み始めたことには全くならない。なぜなら、画中の燕尾は単なる建築のディテールではなく、ヤツガシラもまた単なる地方の鳥類ではないからだ。二者は同一の画面に配されているが、それは自然主義的な写生のように同じ景色の中に偶発的に置かれているのではない。そうではなく、ある種の象徴学、空間哲学、そして記憶の図譜(トポロジー)とも言うべき方式において、互いに応答し合っているのである。言い換えるならば、これは「建築プラス鳥」の図像ではなく、棲居、守護、帰還、地方性、そして文化的形式がいかにしてもつれ合う(交纏する)かを示す「思想的な構図」なのだ。
ハイデッガー的棲居と記憶の器官
マルティン・ハイデッガーは極めて重要な次の一節を遺している。
「人は詩的に大地の上に棲まう」
この言葉はしばしば引用されるが、往々にしてあまりにも軽々しく語られがちである。多くの人は「詩的に棲まう」ということを、単に優雅に暮らし、余裕を持って生活することであるかのように理解している。しかし、ハイデッガーの意図はさらに深い。なぜなら彼が関心を持っていたのは、装飾的な美などではなく、人間がいかにして世界の中に「真に自らを安頓(落ち着かせる)させるか」という問題だったからだ。棲居(住まうこと)とは、単にある住処を所有することではなく、天、地、神聖なるもの、凡俗なるものとの間に、軽率ならざる、そして粗暴ならざる関係を構築することに他ならない。
この視点から〈燕尾與戴勝〉を眺めるならば、画中の燕尾脊は単なる地方建築の装飾的特徴ではなく、人間がかつていかにして土地の上に秩序を築き、安穏を祈り、身分を標示し、そして共同体感覚(コモン・センス)を凝聚させていったかを示す、形式の証言(エビデンス)なのだと気づくだろう。あの反り返り立ち上る屋根の線は、それ自体が純粋な実用性を超越した姿勢を宿している。それは単に風雨を遮るためだけに存在するのではなく、「住まうという営みもまた、尊厳を持ち、方向を持ち、上方へと引き上げられる精神の線条を持ちうるのだ」と語っている。黃淑卿はこれらの屋根を抜き出し、拡大し、環状に再構成した。それは鑑賞者に対して次のように注意を促しているかのようである。——地方の文明において真に消失しないものは、おそらく建物全体ではなく、かつてその建物を単なる建物以上のものたらしめた「精神の筆勢」なのだ、と。
一方で、屋根と相対するように配されたヤツガシラは、棲居という問いを、人間の建造物から「非人間生命(ノン・ヒューマン・ライフ)の存在方式」へと押し戻す。ヤツガシラは籠の鳥ではなく、吉祥図案の中で飼いならされた禽鳥でもない。それは地面、林の縁、聚落の周辺、そして古い建築の隙間の間を縦横に活動する術を知っている生命である。それには明瞭な羽冠があり、細長く伸びた嘴があり、その姿は奇妙でありながら優雅で、コミカルさと神秘性の狭間に位置する独特の気品を自ずから湛えている。黃淑卿はヤツガシラを単なる引き立て役(背景)としては描かなかったし、地方の風物誌の挿絵に格下げすることもしなかった。逆に、これらのヤツガシラを下方の広大な余白の中に配置したことで、それらにある種の存在論的な重量(オントロジカル・ウェイト)を与えたのである。
彼らは空白の中に立っているが、それは画家の手によってそこに「配置」されたようには見えず、むしろ画面の外から一歩一歩歩みを進めてきて、自らの意志で紙の上の位置を占拠したかのように見える。こうして、作品全体には極めて興味深い対照が形成される。上方は人間の文明が濃縮された形式の結晶――燕尾脊、窓枠、レンガの装飾、守護の形象であり、下方は鳥という、建築学には従わないものの、その場所に住まう術を同じように深く知っているもう一つの生命なのだ。このことは、真の場所というものは人間だけによって保存されるのではなく、鳥によっても保存されるのだということを私に気づかせる。それは単に文史資料の中にだけ存在するのではなく、季節ごとに帰ってくるそのシルエットの中に、路地の片隅での採餌の中に、そして人間よりも早く「どこがなお留まるにふさわしい場所であるか」を知っている生命経験の中にこそ存在しているのである。
この点において、ガストン・バシュラールによる「家(家屋)」への思考は、本作を理解する上で極めて強力な助けとなる。バシュラールは『空間の詩学』において、家を単なる物質的な建築物としては捉えない。彼は、家とは庇護(シェルター)であると同時に「記憶の器官」であり、人間がいかにして世界の中に内在的な空間を形成していくかというプロトタイプ(原型)なのだと言った。この思考の回路を少しだけスライドさせるなら、黃淑卿の画における燕尾脊がなぜこれほどまでに人の心を動かすのかが理解できるだろう。それは「建築がリアルに描かれているから」ではなく、それが「地方の記憶の精神的器官」として描かれているからだ。それは一つの入口のようであり、一つの器のようでもある。窓のようであり、瞳孔のようでもある。宗祠(祠堂)の門構えの一部であると同時に、時間がその場所に対して咲かせた「形式の花」のようでもある。さらに絶妙なのは、この構造が「円」の中に配置されている点だ。円とは、本来最も古き宇宙の形状の一つであり、循環、帰還、内包的な完全性、天体、鏡面、そして護持(プロテクション)を意味する。したがって、上方の円形構造は単なる構図のテクニックであることをやめ、一種の象徵的なインターフェース(界面)となる。それは場所を単なる地理から、回顧され、保存され、精神の空間へと再組織化されうる「内景」へと転化させているのである。
ベンヤミンのアウラとリクールの記憶の痕跡
バシュラールがこの作品の内在的な空間性を理解させてくれるとすれば、ヴァルター・ベンヤミンは私たちにその「歴史の気配」を感じさせてくれる。ベンヤミンが「アウラ」を語るとき、それは距離における存在の現れ(一回性の現れ)であり、完全には複製不可能な時間の厚みを指していた。今日、地方の文化を語るとき、往々にしてそれは観光のボキャブラリーへと回収されがちである。――特色、保存、活性化、コンバージョン(再利用)、観光のハイライト。これらの言葉には確かに社会的実用性があるが、それは往々にして場所を消費可能な「ラベル」へと変質させ、真の時間の重量を奪ってしまう。
黃淑卿の優れている点は、彼女が金門を単にブラウズ(消費)可能な景観として直接描くのではなく、金門を、ある種の距離を持ち、回顧をはらみ、文化的なアウラを湛えた磁場として描き出した点にある。中央の赤オレンジ色の空と聚落は、自然主義的に描写されているのではなく、記憶の中から蒸留された「時間の一片」のように見える。屋根や装飾の部材もまた、単なる測量図ではなく、歴史の淘汰(淘洗)の後に残されたエッセンスと残響なのだ。画の中の場所は、旅行パンフレットの中の場所ではない。それはベンヤミンのいう意味における「なおアウラをまとった場所」である。現代の視覚制度に完全には回収されず、すぐには平面化・情報化されることのない文化の気配を、なおその内に保ち続けているのである。
私はまた、ポール・リクールによる記憶と痕跡への思考を思い出さずにはいられない。リクールは、記憶とは過去をそのままの形で持ち帰ることではなく、痕跡、再述、そして再構成という方式において、過ぎ去ったものを現在のなかに新しく安頓させることなのだと反復して思い出させてくれた。この観点から見れば、黃淑卿の作品は極めて強い「記憶のエンジニアリング(記憶工程)」の性質を帯びている。しかし、このエンジニアリングは冷徹な修復ではない。それは感情と形式の知恵を伴った「再建」なのだ。彼女は燕尾脊をそのままコピーするのではなく、重組(再構築)した。ヤツガシラを具体的な背景の中に置くのではなく、空白の中へと抽離(デコンテクスト化)した。金門を実景のパース(透視図法)で描くのではなく、内景のようであり、徽章のようであり、精神の模型(モデル)のようでもある構造の中へと圧縮したのである。このアプローチ自体がこう物語っている。——場所とは、元の姿を死守することによってではなく、絶え間ない「再叙述(リ・ナラティブ)」の中でこそ自らを保存するのだ、と。真の保存とは、単に古いものを残しておくことではなく、それが新しい形式の中で「語り続ける能力」を持たせることなのである。
力の痕跡と余白の気候
下方に描かれたヤツガシラは、実のところ、この作品をさらに深い哲学の方向へと一重押し進めている。多くの人が場所を語るとき、往々にして「人間がいかにしてその場所に属しているか」だけを語りがちであり、次のような問いを立てることは滅多にない。——「他の生命もまた、彼ら自身の方式においてこの場所に属しているのではないか」という問いである。鳥と建築がここで交錯することが重要である理由は、それらが単に識別可能だからというだけでなく、それらが共同である一つの問いを突きつけているからだ。すなわち、「場所とは果たして人間の産物なのか、それとも人間と非人間(ノン・ヒューマン)が共同で編み上げた棲居のネットワークなのか」という問いである。
ヤツガシラは人間の歴史のナラティブを理解してはいないが、人間よりも早く、どこに適切な樹洞があり、レンガの隙間があり、荒地があり、静かな場所があるかを知っている。彼らは人間のように地方史を書くことはないが、自らの身体の往来、棲止、そして繁殖を通じて、もう一つの尺度の上でその場所を「生きて」いる。このことは、作品を単に地方文化を追憶するレベルから超越させ、複数種(マルチ・スピーシーズ)の「場所の存在論」へと近づける。場所とは、単に人間の祖先から受け継いだ家(祖厝)であり、人間の聚落であり、人間の記憶であるだけではない。場所とは鳥の領域であり、草木の節候であり、非人間の生命と人間の文明が、偶然でありながらも深く重なり合う場所なのである。
ジル・ドゥルーズはかつて、形式(形式)とは静止した輪郭ではなく、力が残した痕跡であると言った。この言葉をこの作品の上に置くとき、それは格別に深い余韻(耐人尋味)を伴って響く。燕尾脊がその形を成した理由は、単なる職人の技術によるものではない。それは実のところ、宗族(一族)の倫理、地方の審美、建築の技術、風土への適応、そして文化的名誉心を凝聚させたものなのだ。ヤツガシラがヤツガシラであるということも、単なる生物図鑑の上の分類ではなく、長きにわたり地方の境界、田野、聚落と共生した後に形成された棲止のスタイル(様式)なのである。言い換えるならば、この作品におけるあらゆる形式の背後にあるものは、空虚な図案などではなく、すべて「力」なのだ。歴史の力であり、地方文化の形成者としての人間集団の集団的な力であり、季節風と沿岸環境の力であり、そして生物が地景に適応していく力である。黃淑卿はそれらを一枚の紙の上に集めた。それは知識を陳列するためではなく、鑑賞者をして「場所とは単一のナラティブによって構成されているのではなく、多重の時間、多様な生命形式、そして幾重もの文化の力が互いにもつれ合うことで形成されているのだ」という事実を目撃させるためなのである。
私は特に、この作品の広大な面積を占める空白(留白)を賞賛したい。今日の多くの画は「空(くう)」を恐れる。鑑賞者に「物足りない」「豊かさがない」「賑やかさがない」と思われるのを恐れるあまり、急いですべてを埋め尽くそうとする。しかし、真に哲学的な作品というものは、往々にして、すぐには占有されることのない領域をあえて残しておく術を知っている。黃淑卿のこの画における空白は、私の目に、空虚としては映らない。それは思考の場所であり、場所がなお語り尽くされていない部分であり、歴史が半ばまで語られた後に意図的に沈黙した場所であり、鳥が佇み、鑑賞者が留まり、文字が緩やかに沈殿していくための「紙の上の気候」なのだ。これにより、作品全体には一種の儀式にも似た静度が自ずから生まれる。上方の円形は内殿のようであり、聖龕(せいがん)のようであり、地方の魂の断面(プロファイル)のようである。一方で下方の鳥と文字は、日常と言説のように、この聖性(サクレッド)の放射の下でなお緩やかに呼吸している。こうして、画面は単なる視覚的な配置であることをやめ、精神の秩序となる。上に文化の形があり、下に生命の行いがあり、その中間の広大な余白が、時間と観照が自ずから最後の連結を完成させるために残されているのである。
結論
黃淑卿のこの作品は、私にとって、静かでありながら無視することのできない警告のように響く。人間がもし真にある場所を愛そうとするならば、そこを単に自分自身の記憶の背景としてのみ愛するのでは不十分であり、文化資産として語りやすい部分だけを愛するのも不十分である。人間は、一つの場所が成立している理由は、往々にして自分自身の個人的な意志では決定できないあまりにも多くの事象が、互いに引き立て合っている(成全し合っている)からなのだと理解せねばならない。――祖先の家の屋根の線があり、職人の手があり、季節風がもたらす光色があり、鳥たちが瓦の残骸や田野の間に残した生活のリズムがあり、そして何世代にもわたる人々が「住まうこと」を「意味」へと転化させていったあの忍耐がある。もしこのような忍耐がなければ、場所は瞬く間に単なる観光地へと転落し、文化は単なるパターン(様式)へと縮小され、鳥もまた自然教育図鑑の上の名前に過ぎなくなってしまうだろう。
それゆえ、私が〈燕尾與戴勝〉を観るとき、最終的に読み取るものは郷愁(ノスタルジー)ではなく、さらに得難い価値、すなわち「場所の形而上学」である。場所とは何か。それは単なる一枚の土地ではなく、単なる一組の人文的記号でもない。場所とは、形式が時間によって反復して使用された後に残された「精神の密度」である。文明がすべてを文字に頼るのではなく、屋根、飛羽、余白、そして遺された物たちを通じて緩やかに構成していった「内在的な秩序」なのだ。黃淑卿が金門をこれほどまでに静かに描いた理由は、まさに彼女が語ろうとしたものが表面的な賑やかさではなく、それらの「真に耐久性のあるもの」だったからである。屋根がいかにして上方へと向かうか、鳥がいかにして足を止めるか、夕光がいかにして聚落をそこに在るようでありながら同時に遠ざかっていくようでもあるものに変容させるか、そして一枚の紙がいかにしてこれほど幾重もの、異なる速度の時間を包容しうるのか。本作は、そのすべてを実証しているのである。
黃淑卿の『燕尾とヤツガシラ(台湾・金門)』は、紙本彩墨の媒材を用いて、地方の記憶、建築の象徴性、そして非人間生命の存在感が交錯する複合的な磁場を構築している。作品の上方は、円形構造の中に燕尾脊、レンガの装飾、聚落、そして守護の形象を収めることで、窓、鏡、徽章、精神の器にも似た視覚的インターフェースを形成している。下方の数羽のヤツガシラは、広大な余白の中に配置されることで、単なる地方の風物の背景であることをやめ、その場所に棲まうもう一つの主体(存在者)として立ち現れる。ハイデッガーの「詩的に棲まう」という観点を借りるならば、画中の燕尾脊は単なる装飾ではなく、地方の文明がいかにして土地の上に秩序と尊厳を築き上げたかを示す「形式の証言」に他ならない。また、バシュラールによる家屋と内在空間の論述は、この円形構造がいかにして地方の記憶の器官のような精神性を獲得し得たかを説明している。ベンヤミンの「アウラ」やリクールによる記憶の痕跡への思考は、本作が金門を単に写実的に再現したのではなく、再構築(重組)の中でその文化的・時間的な厚みを保存したものであることをさらに露わにしている。総じて、『燕尾とヤツガシラ』は単に場所を描写した作品にとどまらず、場所という概念を、建築、生命、記憶、そして存在が互いにもつれ合う「形而上学的な空間」へと高めた成熟の傑作である。

