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主旨:
“亚洲和平艺术-台日书画水与墨的魔法”展将于日本神奈川県民ホール展出并计划以台湾具备潜力的艺术家、日本日展(日本最大级数的日本美术展览会)前辈级艺术家等以台湾、日本艺术家对等联展交流的方式,作为此次展览的核心。

“亚洲和平艺术-台日书画水与墨的魔法”展将于2017年5月1日下午二时-5月7日下午二时在日本神奈川県民ホール进行展览。开幕时间暂定为2017年5月2日 下午2点。

此次于2017年5月日本神奈川县民hall举行“亚洲和平艺术-台日书画水与墨的魔法”展的台湾日本艺术家现代交流展模式,除了台湾当代著名的艺术家外,我们也邀请了日本具备历史性官展现转型成为日展(日本美术展览会)的日展审查员 藤岛博文先生联展,藤岛先生除了于1995年担任日展审查员至今外,更于2009年日本天皇陛下御即位二十年奉祝委员会的代表委员、与担任日本文化厅艺术立国委员会委员。另外也邀请了日本重量级的艺术家前辈、中生代共同与台湾艺术家以对等方式进行联展、交流。

一般在日本公幕展在日本是被定位成为师生展的模式,台湾艺术家往往想到日本与艺术家联展常常透过公幕展形式,然而参与其画会师生展的模式,并不利于台湾艺术家在日本发展。而此次,我们邀请到日本最大级数的日本美术展览会(日展)前辈艺术家与台湾艺术家进行对等方式联展模式,机会难得。

展览说明:
“亚洲和平艺术-台日书画水与墨的魔法”展,我们已意识到亚洲艺术的自身即是它自有的世界、它的世界即是它的自存时,台湾艺术创作的理性就成了精神上的亚洲艺术之焦。亚洲艺术的对象,亦即纯粹范畴,曾上升为理性创作的概念。在从事于艺术创作观察的理性中,自我(Ich)与存在、自为存在与自在存在的这种纯粹统一性,已被规定为自在或存在,然理性的艺术工作者于创作中意识已发现了个体的精神本质。但是,过多理性的观察,真正说来与其说是在从事发现美学现象,倒不如说是在扬弃直接发现其对像的这种本能,扬弃观察理性的这种无意识状态。被创作者直观了的范畴中,被发现了的事物内,是作为“亚洲艺术创作者”的自为存在而进入于其意识里的,此时的创作者,已知道它自己在创作客观本质中乃是主体。

亚洲艺术创作精神在它单纯的真理性中本是艺术创作者于其创作意识中所构造的现象,创作者现在把他自己的环节解构开来。而台湾艺术创作者将它分解为实体与对实体的意识;并且既分解了实体又分解了意识创作中的艺术性,从艺术性上又自证了其美学上的创作实体性。创作实体性,一面作为普遍的本质和目的,一面作为个别化了的创作现实性,看似自己又与其自有的作品对立起来,然其无限的媒材中项,乃是创作者自我意识,这个自我意识自在地本是它自己与实体的统一体,而现在则自为地成为其统一体,成为了亚洲艺术创作者---“台湾书画创作者”的媒介;它此一普遍本质及其个别化了的艺术现实性,使后者上升为前者,以纯粹化了艺术创作者的灵性,并使前者下降为后者,以求那只被思维了实体亦即目的见诸实行;亚洲艺术创作者创造出他自己的作品与实体的统一体,使之成为他自己的作品从而成为现实性。

亚洲艺术创作者的台湾艺术家把自身提高到自为存在的知道那普遍真理的简单性乃是自在地存在着的格物之知,不具有由一种异己的非自我意识的媒材应用而来的那种偶然存在的形式,所以与此相反,在台湾艺术创作里,因为亚洲艺术的形象曾经采取了共创集体意识的形式,从而亦即采取了一般的个体性的形式,但是反思的思维自诩能解说那些普遍抽像的真理,因为它们是已被人们认知了亚洲民族生活中自在地存在着的真理,而表达这些真理的艺术品对于艺术创作者自我意识反思的思维便不复是生疏外在的,而是唯独自己特有的了。因为偶然的巧夺天工的艺术创作是未经思虑的、生疏外在的,因而艺术创作者的意识也像随机存取那样,凭借一种无思虑的,生疏外在的方式来决定偶然的事情,以古典、现代、当代等应用而呈现亚洲艺术创作,此为台湾艺术家所带来的和平之愿。

神奈川县民hall展览过的艺术家:
盐田千春(第56届威尼斯国际艺术双年展代表日本馆参展)、上海艺术家范钟鸣(1989年获得美国洛克菲勒基金会亚洲文化协会访问艺术家奖。1991年在日本东京艺术专门学校任教。)、另外像是榎仓康二、山崎博、高木修、最上寿之、斎藤义重、角永和夫、建畠觉造、中西夏之、川俣正、矢野美智子、远藤利克、逢坂卓郎、逢坂卓郎、池田龙雄、戸谷成雄、宫脇爱子、北山善夫、西雅秋、菅木志雄、仓重光则、古郡弘等艺术家皆在此展览过。
 
 
日本语:

“アジア平和アート展―台日の书画の水と墨の魔法展―”


长年のアート创作で培われた美と芸术の本质に迫る
アーティストたちの果敢なチャンレンジ精神が开花

 アジア・アート自体は、すでに现存している世界を意识して始まった。それはアートにおける理性の存在が原动力になった。台湾アートも创作においては理性の存在がメンタル面の中心となった。当时、アジア・アートが対象とするものは、纯粋かつ理性的な创作の向上というものだった。

 アート创作のための観察は理性に従い、自己存在、现実存在、本质存在を统合し、究极的には本质存在を确立した。しかし、理性的なクリエイター(芸术従事者)の作品の中から、クリエイティブな意识として个人的なメンタルな本质が现れ始めた。同时にあまりにも多く理性の観察によって、美学事象を追求するという直観的な発见本能を丧失し、事象を无意识に観察するという姿势を失ってしまった。

こうした过程を経て、やがてアジア・アート・クリエイターは、事象を直観的に発见するという意识が芽生え始めた。このときのクリエイターは、自分のクリエイティブな本质のなかで真の主体が存在していることを理解した。

 アジア・アート・クリエイティブ・スピリットは、単纯な理性やクリエイティブな意识のなかで作り上げたものから、自分自身を解放し、再构成するという必要性を痛感した。
 その中で台湾アート・クリエイターは、それを実体と反実体に分け、しかもその実体をも解体した。さらにクリエイティブな意识の中の芸术性とはいかなるものかを分析し、芸术性の侧面や、美学上の立场からクリエイティブな本质に迫る取り组みを行った。

クリエイティブな実体性、普遍的な本质性の追求を目指す一方で、个别化したクリエイティブを现実的存在として认识するようにもなった。このことは一见、作者と作品が対立しているような状况になるが、それはクリエイターの无限の媒介性と自己意识から生まれるものだからだ。

この自己意识の本质的な存在は、本来的にクリエイター自身と実体との统一体によって生まれるものである。いま、こうした潮流がアジア芸术のクリエイター、とりわけ“台湾の书画のクリエイター”の趋势となっている。

これは普遍的な本质であり、个别化したアートのリアリティーであり、纯粋なアート・クリエイターのインスピレーションである。それは后者が浮上し前者が后退するともいえる。それは纯粋化したアート・クリエイターの知恵であり、その知恵で実体に近づき、具体的な実行という形で具现化する。そこでは前者が后退し后者になり、アジア・アート・クリエイターが自分の作品と実体の统一体に挑み、创造によって自分の作品として具现化するようになった。



5月に“アジア平和アート展―台日の书画の水と墨の魔法展”
日展の审査员・藤岛博文先生の作品とのコラボレーションも

2017年5月、神奈川県民ホールで“アジア平和アート展―台日の书画の水と墨の魔法展”を开催することになった。今回のアート・イベントは、台湾と日本の芸术家の交流展である。この展示会では、台湾现代の著名な芸术家以外に、私达も歴史的な重要性を持つ公设展覧会から作品を展示する。同时に日本美术展覧会にモデルチェンジし、日展の审査员・藤岛博文先生の作品とのコラボレーションを行う。これも大きな特徴だ。

藤岛先生は、1995年に日展の审査员となってから、芸术创造に热い情热を注ぎ、2009年には、日本の天皇陛下御即位20年奉祝委员会の代表委员に委嘱された。また、文化庁の芸术立国委员会の委员になるなど、日本のヘビー级の芸术家の大先辈であり、新世代の芸术家でもある。その藤岛先生を招くことになった。

アジア・アート・クリエイターは、クリエイティブな意识のなかで、さまざまな分裂プロセスを経て、単纯な実体が自己意识と対立することを见出したが、その一方でクリエイターが自分の意识のなかで、同様に自ら分裂するという本质的な资质を出现させた。

自らを解体し、细分化し、それぞれの领域で魔法の世界を构筑、意识の光を照射させることを重视した。アジア・アート・クリエイターは、一种特殊な要素でその存在を表现することが求められ、先人の経験を継ぐ以外には、本来あるべき性质の中で多彩な表现で创作活动を行った。

アジア・アート・クリエイターは、本来もつ创造力の深みに嵌まりながら、一方では外部に解放するという性质を并せ持っている。したがって无意识にこのようなクリエイティブな芸术の法则に従ってきた。

このような効率的・ハイエネ的な要素は媒材の応用で生まれる。媒材の応用は一种独特の存在で、ある意味、直接的な自己意识を実在させる。ただ个别的な自己意识は、クリエイターの作品の中に存在するようで、同时にそれも普遍性からの影响も受けている。

媒材を応用するなか、现実的存在の完全なる特殊化を果たし、同时に多くクリエイターが自らが刺激をうけて、心が奋い立つような冲动にかられた。そして普遍的な伝达の统一性も存在させることができた。

媒材の応用は、クリエイターに変化という运动エネルギーを与えた。したがって、台湾の书画におけるクリエイティブな媒材は、アジアの芸术性を表现する媒材それ自体もアート作品に生命を吹き込んでいる。


台湾书画アーティストは古典、现代、当代の创作手法駆使
アジア・アートの创作・発信通じて“平和への愿い”世界に

このアート作品はクリエイターの存在にとって直接的かつ纯粋な活动であり、この活动によってアート作品を生み出すことはクリエイターの普遍的な心情である。言い换えると、クリエイターの自己意识は、その本质が客観的な対象に変わった过程のなかで、自分自身と一体になったことを意味する。その时、纯粋な理性的思考、あるいは心情といったものが台湾の书画作品の中に具体的に表れる。

台湾の书画の创作は、自己意识の个别性の维持と同时に、个别性がまたアジア・アートの创作の全体の中で普遍的な理性的知识として感知され、纯粋な理性の考えや活动が精神的な大きな流れになり、この大きな流れは多くの异なるアート作品によって、すべてのクリエイターの行动と存在を意识させた。

アート精神は、すべてのクリエイターの普遍的な自己意识として、その纯粋な内在性を発挥し、または个别的な意识をもつ本质存在と现実存在が一つの统一体の中に存在させた。
アジア・アート・クリエイターが自分自身を现実的存在に向上させたのは、普遍的な理性的知识としての真理が本质的に容易に存在しているのを认识。敌対者とも言える非自己意识の媒材の応用のような手段を使用するのではなく、台湾の书画アートの创作において、かつてはアジア・アート・イメージが集団意识の形式を取ったことがあるため、一般的には个体性の形式を取ることになった。

しかし、再认识の考えも台头し、普遍的かつ抽象的な真理を见出せるとも自负していた。それらがすでに人々の间に认知され、アジア民族の生活のなかで自然に存在している真理であると考えられている。

そのため、これらの真理に基づいてアート作品を表现するのは、クリエイターの自己意识の再认识が自分自身にとって特有なものとなった。なぜならば偶然的な天然の美を凌ぐほど巧みなアート作品は、思虑とか惯习などに頼らない方法で生まれている。

このようにして试行错误・纡余曲折の创作活动によって、台湾书画アーティストは、古典、现代、当代などの创作手法を駆使し、アジア・アートの创作・発信を通じて、“平和への愿い”を希求するという人类爱を世界に向けて诉えている。

 
 
 
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